アルファロメオの記憶
上部メニュー「趣味のこと」の中のアルファロメオの記憶のページに昔の記憶をもとにAIで生成したAlfaRomeoギャラリーを追加した。
https://guckie.jp/alfa/gallery.html
同時に、むかし読んでいた小説を思い出し、オマージュになっているか?いささか自信はないが、アルファロメオを題材に文章を書いてみた。
文章中の挿絵もAI(Gemini・Nano Banana2)で作成した。
共通の一日を過ごした男と女の、ちょっとだけ切ない物語りだ。
「雨の134号線と、彼女のカレーライス」
ワイパーが、一定の、そして少しばかり不機嫌なリズムでフロントガラスを拭う。
カーラジオは梅雨前線の接近を知らせていた。
国道134号線は、どこまでも続く灰色のグラデーションの中にあった。
海は鉛色で、水平線と空の境界線はとうに曖昧だった。
アルファロメオ1300GTジュニア。通称「段付き」と呼ばれるボンネットの隙間に、細かい雨の粒が吸い込まれては消えていく。
江ノ島を過ぎたあたりで、彼女を見つけた。 道沿いにある、看板の文字がすっかり退色したサーフショップ。その軒下に、彼女は立っていた。 花柄の、ひどく薄い生地のワンピースを着ている。 雨はしとしとと、しかし確実に彼女の肩と胸元を濡らしていた。
僕はエンジンの回転数を合わせながらギアを落とし、ゆっくりと車を寄せた。 パワーウィンドウではない。ハンドルを回して窓を開ける。 車内に、潮の香りと湿った空気が流れ込んできた。
「どこまで? 困っているなら、近くまで送るよ」
僕は努めて平坦な声で言った。 彼女は一瞬、迷うような仕草を見せた。濡れた前髪が額に張り付いている。 だが、僕の車の、少し時代遅れな美しさと僕の顔を交互に見た後、彼女は小さく頷いた。 助手席のドアを開け、彼女が滑り込んでくる。
重みのあるドアが閉まる音。 車内は一気に、彼女の体温と、濡れたワンピースが発する湿った空気で満たされた。 数分もしないうちに、フロントガラスが白く曇り始める。 季節はもうすぐ夏だが、僕はヒーターのスイッチを入れ、デフロスターを効かせた。 暖かい風がガラスの曇りを、ゆっくりと、しかし鮮やかに拭い去っていく。
「暖かいわね」
彼女が初めて口を開いた。 声は、雨の音に混じって消えてしまいそうなほど静かだった。
「この車、古いけど、こういうときには役に立つんだ」
僕はそれだけを言い、再び車を走らせた。 1300ccのエンジンは、低速では少し気まぐれだが、一度回り始めるとANSAに換装されたマフラーは実に機嫌のいい音を奏でる。
彼女はダッシュボードの上に置かれた、使い古された地図を眺めていた。 爪には、雨の色によく似た淡いブルーのネイルが施されている。
「お腹がすいた」
不意に、彼女が呟いた。 独り言のようでもあり、僕へのリクエストのようでもあった。 僕は時計を見なかった。ただ、頭の中でいくつかの選択肢を並べた。
「丘の上に、この車と同じだけの時を刻んだ落ち着いた店がある。そこでいいかな」
彼女は答えず、ただ窓の外を流れる景色を見つめていた。 それが「イエス」であることを、僕は知っていた。
国道を右
に折れ、坂道を登っていく。 バックミラー越しに見る彼女の横顔は、少しだけ、さっきよりも緩んでいた。 シートの革の感触を楽しんでいるようにも、エンジン音のビートに身を委ねているようにも見えた。
会話は、ほとんどなかった。 けれど、沈黙は決して重苦しくはなかった。 窓を打つ小雨と、ヒーターの唸り、そして規則正しいエンジンの鼓動。 それらが完璧なBGMとなって、僕たちの間の奇妙な時間を埋めていた。
坂を登り切ったところに、そのレストランはある。 雨のせいで、客の姿はまばらだった。 店の前で車を止め、僕はサイドブレーキを引いた。 不意に訪れた静寂の中で、彼女は濡れたワンピースの裾を少しだけ整えた。
「ありがとう。ここ、知ってる気がする」
彼女は僕の方を見ずに、ドアノブに手をかけた。 彼女がドアを開けたまま、雨の向こうから僕を呼んだ。
「あなたも来て」
その言葉は、命令のようでもあり、親密な招待のようでもあった。
僕は一瞬だけ躊躇した。だが、雨に濡れるアルファロメオのシートを思うより先に、僕はドアを閉めていた。 レストランの隣にあるスーパーマーケットの駐車場に車を滑り込ませる。1300GTジュニアのエンジンを切ると、車内は急に静まり返り、雨粒が天井を叩く音だけが響いた。
彼女の背中は、さっきまでの弱々しさを脱ぎ捨てていた。軒下で雨に怯えていた女性の面影はない。 店内には、使い込まれたリネンと良質なコーヒーの香りが漂っていた。 1970年代の初頭から、この場所で時を刻んできた店だ。1967年製の僕の車とは、いわば同年代のようなものだ。
彼女は一番奥の席に座った。
「ここのカレー、懐かしいわ」
彼女はメニューも見ずに言った。僕は遅い昼食を済ませたばかりだったので、コーヒーだけをたのんだ。
運ばれてきた
カレーを、彼女は黙々と口に運んだ。 背筋を伸ばし、スプーンを動かすその指先の動きには、ある種のストイックなまでの清潔感があった。 一心不乱に空腹を満たしていくその姿は、 生命の根源的な欲求を誰に遠慮することもなくさらけ出している。
僕はその光景から目を離すことができず、冷めていくコーヒーを啜った。
結局、会話らしい会話は交わされなかった。 食事を終えた彼女は、僕が財布を取り出すよりも早く、伝票を掴んでレジへ向かった。 僕が声をかける隙もなく、彼女はすべての会計を済ませ、雨の中へと出ていった。
駐車場までの道のりも、彼女は振り返らなかった。 雨に濡れるアルファロメオの傍らに、彼女は静かに立っていた。 再び二人が車内に収まると、窓ガラスはまたすぐに白く濁った。
イグニッションキーをひねる。雨の日の常で、スターターがぐずつきながら回り、アイドリングの振動が、僕たちの身体を等しく揺らす。
彼女が正面を見つめたまま、不意に言った。
「お酒が飲みたいの。付き合ってくれる?」
僕は少しの間、雨に濡れたフロントガラスの向こう側を眺めた。
「すぐそこに、ホテルのラウンジバーがある。静かに飲めるはずだ。」
彼女は答えなかった。ただ、膝の上で指を組み、わずかに顎を引いた。
僕は一速にギアを入れ、坂を下った。 坂の途中、ホテルの駐車場にアルファロメオを滑り込ませ、エンジンを止める。 僕たちは雨を避けるようにラウンジへ向かった。
ラウンジの窓から
は、海が見えた。 彼女は冷えたジン・トニックを、僕はバーボンを頼んだ。 氷がグラスに当たる硬質な音だけが、僕たちの間に流れる沈黙を肯定していた。
二杯目のグラスを空けたとき、僕は確信していた。今夜、アルファロメオを動かすことはもうできない。
僕はフロントで一晩の部屋を取りラウンジに戻った。
「迷惑でなければ、明日の朝まで一緒にいていいかしら」
彼女は窓の外を見たまま、静かな声で言った。
その言葉は、懇願ではなく、単なる事実の確認のように聞こえた。 僕は頷き、何も聞かなかった。
エレベーターが静かに上昇し、部屋のドアが開く。 バルコニーからは、暗い海で砕ける白い波が見えた。
翌朝、目が覚めたとき、部屋はもう初夏の予感を含んだ明るい光に満たされていた。 昨夜の雨が嘘のように、窓の外には乾いた青空が広がっている。
隣に、彼女はいなかった。 ベッドのシーツは整えられ、そこにはもう彼女の体温さえ残っていなかった。 昨夜の酒の残り香も、彼女がいた証拠も、何ひとつ。
彼女は何かを清算したかったのだ。そのために、僕と、僕の1300GTジュニアが必要だった。それだけのことだ。
シャワーを浴びて、窓から下の道路を見下ろした。 134号線を走る車の音が、遠くでかすかに聞こえる。
僕は1300ccのエンジンをかけるために、鍵を手に取った。
アルファロメオの助手席に残された、わずかな湿り気。 それだけが、昨日の雨と、彼女が実在したことの唯一の証明だった。
「お気に入りのワンピースが乾くまで」
出がけのテレビでは梅雨前線が関東地方まで北上すると予報していた。
鎌倉の古刹で紫陽花を楽しんだ後、ふと海が見たくなってローカル線の駅を降りて歩いていた。海は鉛色で、水平線と空の境界線はとうに曖昧だった。そして、とうとう雨が降ってきた。花柄のワンピースも濡れ、道沿いの古びたサーフショップの軒下で雨宿りをしていた。
久し振りの平日の休暇、お気に入りのワンピースが台無しになり、やりきれなさと空腹でひどく投げやりな気分だった。
目の前の国道134号線は、休日の湘南とは違い、地味な車が先を急いで往来していた。
そこへ、一台の車が近づいてきた。モノトーンの世界を引き裂くような鮮やかな赤、古めかしい、けれど手入れの行き届いた車だった。そして私の目の前で止まった車のエンブレムには、ALFA・ROMEO~MILANO~と書かれていた。
男が体を助手席側に寄せて、ドアのハンドルを回すと、かすかに軋みながら窓が下がった。
「どこまで? 困っているなら、近くまで送るよ」
運転席に座る男の、生真面目な表情から努めて平坦な声が聞こえた。
彼、というよりも、車が放つクラシカルな魅力と独特のオイルの匂いに誘われた。
行く当てもなかったが、この軒下よりは、彼のクルマの中の方がましに思えた。
助手席のドアノブを手前に引き、体を滑り込ませドアを閉める。
手回し式の重い窓を閉めると、私のワンピースの湿気でフロントガラスが曇り始めた。
彼は、ヒーターのスイッチを入れた。
窓の曇りは徐々に消えていったが、同時に車内もじっとりと蒸し暑くなった。
ちょっと暑かったが、ワンピースも乾くだろうと思い不快感は表さずに、
「暖かいわね」
とつぶやいた。
「この車、古いけど、こういうときには役に立つんだ」
と低く答えると、クラッチペダルを踏みこみギヤをローに入れ、再び車を走らせた。
突然大きくなるエンジンの音、後ろから聞こえる排気音、ごつごつした乗り心地、私にはちょっと苦手な車かなと思った。
ダッシュボードの上には古いロードマップが置いてあった。きっとそこには彼がこの車と過ごしてきた履歴が刻まれているのだろう。
「お腹がすいた」
沈黙に耐えかねて、私は本音を漏らした。
「丘の上に、この車と同じだけの時を刻んだ落ち着いた店がある。そこでいいかな」
この土地にそれほど詳しいわけではないが、海沿いから坂道を上がった先においしいカレーを食べられる店があったことを思い出した。このあたりだったかと窓の外を見ていると、私が口を開くより先に、彼は何も言わずハンドルを切って、坂道を登って行った。
坂道を上るエンジンの咆哮や下からの突き上げが一層激しく私の体を揺さぶっていた。
彼は年季の入ったレストランの前に車を止めた。
やっと静寂を取り戻すことができた。
「ありがとう。ここ、しってる気がする。」
私は助手席のドアを開けて外に出て彼を振り返った。彼は、自分の役目はこれで終わりなのか、それともこの先も私と同じ時間を過ごすべきなのか、迷うような眼差しを私に投げかけた。
「あなたも来て」
と声を掛けた。
彼はちょっとだけ逡巡したようだったが、ドアを閉めると車を駐車させるために去っていった。
乾きかけたワンピースが、また雨で湿るのを嫌い、店のドアに向かい急いだ。
そして一番奥の席に座り、車を止めに行った彼を待った。
彼は、この店の創業と彼の車の生産された時期がほぼ同じなんだというようなことを話し始めた。
私は、彼の話を遮るように、
「ここのカレー、懐かしいわ」
といって、メニューも見ずに、この店の定番のカレーと海のサラダをオーダーした。
運ばれてきたカレーを、私は黙々と食べた。
その味はかつて食べた時と同じ感動を私に与えてくれた。
雨に冷やされた体と空腹に、カレーが心地良くしみわたってゆく感覚を十分に楽しんだ。そして空腹が満たされると同時に、先程までの投げやりな気分もどうでもよくなっていくのがわかった。
私は食べ終わると、何も言わずに伝票を手に取りレジへ向かった。
少なくとも私に、雨からの避難先を提供してくれた彼への恩返しの意味で、私は自分の分と、彼の分までまとめて会計を済ませて外に出た。
追いかけてくる彼。その足取りに、戸惑いが見えた。
さっさと駐車場の車に戻り、彼を待って、車に乗り込んだ。
彼が、キーをひねるとエンジンが目覚め、再び不快な振動が私の体を揺らした。
私は、このそばにホテルがあることを知っていたし、行ったこともあった。
そこのラウンジバーで食後酒を飲みたい気分だった。
私がお酒を飲みたいと言ったら、彼は車を降りて私に付き合うのだろうか、それとも送り届けて去ってゆくだろうか。
「お酒が飲みたいの。付き合ってくれる?」
と言ってみた。
彼は、わずかな時間、フロントガラスの向こう側、ホテルのある方を眺めていた。
「すぐそこに、ホテルのラウンジバーがある。静かに飲めるはずだ。」
彼は車を置いて、私に付き合う事を選択したようだ。
なぜか少しだけ誇らしかった。
ホテルのラウンジは、静かだった。
私はジン・トニックを、彼はバーボンのオンザロックを飲んだ。
冷えたアルコールを飲みながら、私は窓の外の暗い海を見ていた。
やはり彼は、言葉数は少なく、「訳知り顔」で私を観察しているようだった。
二杯目のグラスを空けた時、彼は、今夜はもう車を運転することができない、部屋を予約してくると言って席を立った。
彼が戻ってきた。
「迷惑でなければ、明日の朝まで一緒にいていいかしら」
翌朝、私は乾いたワンピースを着て、彼が目を覚ます前に部屋を出た。
雨に濡れたお気に入りの花柄のワンピース。そのワンピースを乾かすためだけに費やした昨日の時間。
朝のラウンジで熱いコーヒーを一杯、喉に流し込み、私はホテルを後にした。
外は眩しいほどの晴天。
気分は最高だった。
バス停まで歩きながら、私はふと思う。
きっと彼は、昨日の私の行動を、何か過去と決別するための厳粛な儀式のように感じていたのだろう。そして彼は、その立ち会い人としての役割を完璧に演じきったことに、今頃ひそかな満足感を覚えているかもしれない。
そう思うと、少しだけ彼が気の毒になった。
「ごめんなさい。ただの気まぐれだったの」
私の夏は、これから始まるのだ。

