小説 ドラゴンバレーの暑い夏

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(エピローグ)


その時、白の魔導師は、魔騎士の影を一瞬見た気がした。

「え?今のは魔騎士?!今日この場で魔騎士の影を見るなんて、偶然ではありえない。
やはりこのアデンにまだいたんだ?!」

白の魔導師はホーリーウォークの魔法を詠唱し、視線をよぎり岩陰に消えていった
魔騎士の影を追いかけた。


(邂逅相遇)

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2年前の暑い夏、白の魔導師は一人ドラゴンバレー(竜の谷)で狩をしていた。
夏の午後の日差しは容赦なく魔道衣を射抜き、風さえ息をひそめる静寂のドラゴンバレーに、ときおり響き渡るのはオーガの叫びや天空を舞うハーピーの羽音だけだった。

「ふ~暑くてかなわないな・・・かといって狩でのスキルアップにも励まなけりゃ
一人前のウィザードになれないし、もうひとがんばりするかぁ」

唐突に現れるSP骨・スケルトンファイターをターンアンデッド魔法で葬り去ろうとするが、まだまだ魔力の足りない白の魔導師は、一度の詠唱では倒すことができない。
あるいはコカトリスをひ弱な杖と魔法により苦労して倒しながらドラゴンバレーを奥へと進んでいった。

のどの渇きと暑さのためか、単調な岩場が続くドラゴンバレーの地形のせいか、
つい注意を怠り普段は決して入り込まないドラゴンバレーの奥地へ来てしまった
ことに気づいた時、そこはすでにドラゴンバレーの守護・ドレイクの生息地だった。

「しまった・・・深入りしてしまった・・急いで引き返さねば・・・」

振り返って戻ろうとしたその時、彼の背後に忍び寄り天空を舞うハーピーの影を
踏んでしまった。
影を踏まれたハーピー3羽は、「餌だ!餌だ!」と歓喜の鳴き声とともに白の
魔導師を取り囲む。

ここまでの狩でマナも残り僅か、ファイアーストームで焼き尽くすこともできず、
非力なマナスタッフでは当然切り倒すこともかなわない。
生命力を削られ徐々に遠のく意識の中で、最後の気力を振り絞りホーリーウォークの
魔法とともに歩速を早めてハーピーに背を向けた。

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邪悪な気配。
前方からバサっバサっという魔の羽ばたきが響いた。
身構える間もなくドレイクが現れ、その巨大な翼が天空を覆った。
皮肉にも容赦ない日差しが翼でさえぎられ、その翼が繰り出す風によって一瞬心地良さを感じたが、次の瞬間、干上がった大地をも焼き尽くす灼熱のブレスを浴びせられる。


「絶体絶命・・・ドジ踏んでしまったか・・数ヶ月間の鍛錬の成果(EXP)もこの場で
失われてしまう・・・恨むべきはこの夏の異常な暑さか、俺の未熟さか・・・」

ドラゴンバレーに響き渡るブレスの咆哮と消え行く魂のかすかなうめき。

とどめののブレス。
閉じたまぶたに灼熱の赤い世界を見ながら、暗黒の世界に引き
込まれる刹那、体の中をかすかな水の生命力が潤した。
「ん・・・おぉ?」
灼熱のブレスによるダメージと水の生命力は拮抗しながらも、白の魔導師を
何とか立ち直らせた。

「おい!早く逃げろ。こっちは回復の専門職じゃないんだ!!、マナが切れたら
お前の生命もそれまでだぞ!」

「とりあえずエネルギーボルトでドレイクのタゲこっちにもらう。
ハーピーは頼んだ!!」

朦朧とする意識の中で、白の魔導師の目に、岩陰から飛び出してきた騎士と
エルフの姿が見えた。

威力は弱いものの決して外す事のない騎士のエネルギーボルトがドレイクに突き
刺さり、ドレイクはその矛先を騎士に向けた。
ハーピーはエルフの聖なる矢に追われ、再び天空に舞い上がり戦況を興味深げに
見守っている。

騎士たちに向かって襲い掛かるドレイクの後姿を呆然と見送る白の魔導師は、
ブレイブポーションを一気にあおりドレイクに勇猛果敢にきりつける騎士の姿と、
それを水の力により援護しつつ矢を射掛けるエルフの姿を見た。
コカトリスやスコーピオンなどの乱入にも慌てず、タゲをとり弓を射掛けながら
騎士の戦況を確認するエルフ。
エルフの行動を常に視界に入れ、気を配りながらドレイクに挑む騎士。
白の魔導師は、彼らの美しいまでに連携の取れた戦闘に、傷ついた体の痛みすら
忘れて見入っていた。

その時、不気味な声がドラゴンバレー中に響き渡った。

「この渓谷に侵入してきた以上、生きては帰れないと思え!わっはっはっは・・・」

「くっ、ブラックエルダーまで出やがったか・・」
ドレイクと戦闘しながらもブラックエルダーの姿を探す騎士。
「まずい、ターゲットは俺か・・・俺の戦闘力ではまだブラックエルダーと
相対するのは無理だ・・・」
取り敢えずブラックエルダーの取り巻きのスパルトイを攻撃しつつ、ドレイク
と戦う騎士を援護しながら、ブラックエルダーの繰り出すトルネードから
身をかわすエルフ。

騎士は、渾身の力を振り絞って、ブラックエルダーにエネルギーボルトを
打ち込みエルフを守る。
しかし、ドレイクの火炎ブレスとブラックエルダーのトルネードを一身で耐える
には騎士の体力とエルフの回復魔法だけでは不足だった。
徐々に戦況は悪化していった。
彼らの戦いを見守りながら、じっと自然のマナを吸収しつつ僅かながら回復をして
いた白の魔導師は、次第にはっきりしてくる意識の中で、なぜか騎士の苦悩が読み取れ
た。
(ヒールをくれ・・・・)
僅かなマナを効率よく廻すためにどうすべきかを判断し、とっさにドレイク
にスローの魔法を掛け、騎士にグレーターヒールの魔法を飛ばす。

白の魔導師は気力を振り絞り叫んだ。

「エルフ!、戦闘が長引けばこちらにはますます不利になる。マナは完全に
回復していないけど、騎士だけなら何とか支えられそうだ。魔力はすべて攻撃にまわし
てくれ!」

瞬時にトリプルアローを繰り出すエルフ。
白の魔導師は、パーティを組んでいなくとも、騎士の体力を読み取り、的確に
回復魔法を飛ばすことができた。

長い戦いが終わり、ドレイク・ブラックエルダーを倒し、いつしか夕日に照らされる
ドラゴンバレーに静粛が戻った。

「助かったよ、ありがとう・・・」
「おまえも、そこそこそこそこ魔力はありそうだけど、パーティもなし、
サモンモンスターも無しでドラゴンバレーの奥に入るのはさすがに無謀だろう。
俺は 弓神 ってんだ。お見知りおきを」
「ブラックエルダーまで来たか。単体でなら倒せるんだが、さすがにドレイクと2体
同時は俺たちのパーティではまだ無理だ・・・本職のヒールをもらって何とか倒せた。
こちらからも礼を言うよ。魔騎士 と呼んでくれ。」
「私は白の魔導師。普段は奥までは入らないんだが、今日は暑さとハーピーの
幻惑に誘われてつい入り込んでしまった。まだまだ修行が足りないな・・・」

3人は、白の魔導師を保護するためパーティを組み、ドラゴンバレーの入り口まで
戻った。

「じゃ、ここで別れようや、俺も補給物資仕入れにエルフの森に戻らなきゃならないし」
「そうだな、俺もブレイブポーション切れたし、ここで解散としよう。」

「今日は命を助けてもらったうえに、見事に連携の取れた戦闘を見せてもらった。
私は基本的には一人での狩が多いけど、機会があれば君たちのパーティに入って、より
危険な狩場にチャレンジしてみたいな。一人では決してできないチーム編成による
統制の取れた高い戦闘力に驚かされたんだ。」

「ん?まぁ、どこかでまた出会えたら、そのときはパーティ組んでやってみてもいっか
な」
「うむ、機会があればということにしておこう。本職のヒールはさすがに頼もしいしな。」
「おぃおぃ、散々俺のネイチャーブレッシングの世話になっておいて、その言い草は
ないだろ?」
「確かにNBも強力だが、本職WIZの援護があれば、エルフの魔力を攻撃力にまわす
ことも可能だろ。それがができれば、より強いモンスターを倒すこともできるはずだ。」
「しかしこんなひよっこWIZじゃ役にたたんよ!!」

「まぁまぁ・・・私も無理にパーティに入れてくれとは頼まないよ、このアデンの
どこかでまた出会えたらということで。では、分かれよう」

2人は何を警戒しているのか、他人をパーティに加えることに慎重な様子だった。
白の魔導師は、テレポートの魔法を使ってケントの村に戻って行った。

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 巨大商業都市ギラン町外れのアジト代わりに使っている廃屋に、エルフの森とシルバーナイトタウンでそれぞれ物資を補給した弓神と魔騎士は入っていった。


「ちょっとぉ、私のNBじゃ不足だなんてひどいわねぇ。」
「ごめんごめん、でもあの場面じゃ本職のヒールがなければ、切り抜けられなかった
のも確かでしょ?」
「それはそうだけどさ。あんな言い方しなくても~」
「そうなんだけど、弓神さんってどちらかといえば後衛・援護職というより
前面に出て戦いたいほうでしょ。いつも我慢させてるんじゃないかって気にしてるんだ。
で、本職のWIZさんがいれば、もっと前面にでて戦えるかなって。」
「うん、それは私もいつも考えてるんだけどさぁ。」

2人は、ゲーム内では男性キャラを演じていたが、リアルでは女性だった。
このゲーム内で知り合い、リアルでの面識はないものの、以前やはりオンライン
ゲームで男性から言い寄られたりトラブルに巻き込まれたりという同じような
経験をしていることが判り、それ以来ずっと男性キャラを演じながら2人で
パーティを組むようになったのだった。

「白の魔導師さんて礼儀正しそうだし、なんかまじめにゲームを追及
してるって感じだしさ、パーティを組んでもいいかなと思うんだけど、どう?」
「うん、そしたら私も水属性から他の属性に変えて、チームバランスとらなきゃ
いけないけどね。」
「だけどさぁ、定常的にパーティを組むとなると、日常会話とかでリアル性別
わかっちゃいそうだし、私たちを男だと思っていきなり下ネタ振られても困る
しなぁ・・・弓神もそういうのはいやでしょ?」
「シモネタぐらいなら少しは我慢できるけど、前みたいないざこざはもう勘弁
だなぁ。じゃさ、少しパーティを組んで狩してみて、彼が信頼のおけるPCだって
確認できたら、私たちの素性をオープンにしてみない?
個人的な感情とか異性間の感情は抜きにして、純粋にパーティでの可能性を追求
するための同士としてやっていけそうならってのはどう?」
「それなら、自然に振舞えるかもしれないね。そうしてみようか。」

(戮力協心)

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 白の魔導師は、あのドラゴンバレー以来、単騎での戦闘への限界を感じると同時に、知力を尽くしたチームでの戦闘の魅力に惹かれていた。
 そして過去に経験した顔の見えないオンラインゲームでの意に沿わない人間関係の煩わしさなどから単騎での狩りを続けていたが、純粋にゲームとして狩りを楽しんでいるあの2人とならうまくやっていけるんじゃないかと考えていた。
 
 そんなある日、商業都市ギランの十字架下で、狩場から帰ったばかりとおぼしき2人を見かけた。
声を掛けようかと考えたが、あの日の別れ際に二人の会話から感じたパーティに他人を入れたくないのではないかという雰囲気が思い出され戸惑っていた。
すると、向こうも白の魔導師に気付いた様子で、こちらに近づいてくる。


「やぁ、この前はどもでした~」
弓神が気さくに声を掛けてきた。
「こちらこそ、お陰で命拾いできたよ。」
「あのあとさ、2人で話し合ったんだけど、やはりパーティに本職のWIZ様が
いてくれると狩り場の選択肢も広くなるし、白の魔導師さんなら俺たちと
うまくやって行けるんじゃないかってさ。
どう?しばらく一緒にやってみないか?合わなけりゃ止めればいいしさ」
「実は俺も同じ事を考えていたんだ。2人のパーティでの連携狩りも見事
だったけど、微力ながら俺が加わって援護を手厚くすればもっと手ごわいBOSSも
倒せるんじゃないかって」
「よし、じゃ決定。当面様子見ってことで、仮にパーティ組んでやって見ようや。
手厚い援護があれば、俺の剣と弓神の遠距離攻撃で今までいけなかった狩場にも
チャレンジできるな。」

こうして3人での狩りの日々が始まった。
魔騎士の高い攻撃力とモンスターの攻撃を受け止める防御力、属性を地属性に
変え、高い場の制圧力を誇る弓神、そこに白の魔導師の回復系・状態変化系の
魔法が加わり、かつては憧れの対象としてだけの存在であった傲慢の塔の高層や
ラスタバド城の際奥の狩場などにも徐々に行けるようになっていた。

そして次第に打ち解けていく中で、白の魔導師は一方で違和感を覚え始めた。
狩場ではそれぞれが役割をきっちりこなし、無言の中で確かな連帯感を共有でき
るのだが、一旦狩場を離れるとどうしても魔騎士と弓神の会話の中に入って
いきにくいと感じてしまうのだ。自分は2人にとって新参者だし、しばらくは
しょうがないかと思いながらも、違和感は日増しに強くなっていった。

3人でのパーティが始まって2ヶ月ほどたったある日、狩りを終えていつものギラン
都市の廃屋で雑談をしているときだった。
魔騎士が言った。
「白の魔導師、どうだ?そろそろお試し期間を終えて本格的に3人でパーティを
組んでみようか?」
「俺は仮のパーティってつもりではなく、もう本格的に連携プレーしてるつもりだよ。
狩場ではね。
だけど、狩りを離れると何か2人と打ち解けてないなと感じてしまうんだけどね。」
「それだ、そこで打ち解ける為に本格的に組もうかって話なんだが。
もう面倒だ!話しを聞いてくれ。」
弓神は、二人がリアル女性であること、過去に遭ったいやな体験、今後純粋にゲーム
として組んで行く事、こちらの2人側からも白の魔導師の側からも異性を意識したような
行動をとらないこと、もしそういう事態になったらパーティは即刻解散とすることなど
を白の魔導師に話した。

白の魔導師は、黙って時折うなずきながら話を聞き終わった。
「よく解った。今まで感じていた君達の中にすんなり入っていけない違和感もこれで
納得できた。俺自身、顔の見えないオンラインゲームでの人間関係に辟易した過去も
あるし、このゲームに男女間の事を持ち込む気は毛頭ないよ。これからもよろしく
頼むよ。
始めから正直に話してくれりゃ、俺も悩まずにすんだのに・・・」

「それはできないよ。白の魔導師さんの性格もわからないし、言ったとたん
アデン中で、あいつらネナベなんだぜ!!って言いふらされるかもしれないし・・・」
と初めて自然な口調で魔騎士が話すのを違和感なく聞くことができた。

お互いPCの向こうに座ってるのが異性であることをオープンにした上で、ゲームと割り
切るということが最善の道であると、そのときの3人は信じて疑わなかった。

白の魔導師は、過去の経緯から単身での狩の道を選択していたが、本来は外交的で
気さく、もちろんウィザードとしての職業柄冷静にゲーム内の仕様を深く考察した
りもする。
魔騎士は前衛職でありながら狩場では場をよく見極め、効率の良い戦略を常に考え、
仲間の動きやすいように組み立ててゆくタイプ。
弓神はどちらかというと明るく一本気で突っ込んでいくタイプだった。
そして弓神は、時として我侭な面もあり、狩りにいこういこうと誘いながら、
狩場に着いたとたん、
「ごめん、落ちる」
と言ってみたり、戦闘中に突然動かなくなったり
ということが時々見られた。
魔騎士は、それは前から時々あることだし、それを上回る戦闘力が弓神さんには
あると言って彼女を大切なパートナーと考えているようだった。

その日も、弓神がやや身勝手に先にパーティから離脱していった。
白の魔導師はつい魔騎士に向かって愚痴を言っていた。

「魔騎士さんさ、弓神さんとは付き合い長いんだろ?機会を見て、今日のような身勝手
な行動を慎むように言ってくれないかな。俺がいうと角が立ちそうだし」
「そうね、2人でやっていたときも、時々我侭な振る舞いはあった。
でも、普段は頼もしいパートナーだし、私が少し我慢すればいいことだしって
少し甘やかしてたかもしれないね。」
「本人は他人に不愉快な思いをさせてるって気づいていないかもしれない。
本人のためにも一度言ってあげたほうがいいな。」
「解った、話してみるよ。
でもね、弓神さんさ、白の魔導師さんがパーティに入ってから、前より生き生き
してるんだよ。ひょっとして恋心が芽生えているのかも」
「そういうのは無しっていう約束だろ。それより弓神さんからそういう気配を
全然感じないし、魔騎士さんの思い過ごしだろ?」
「そうかなぁ、女の勘って鋭いんだからね~」
「とにかくあまりに身勝手に振舞われるとさ、もし相手がリアル男だったらやる気
あんのかって怒鳴ってるぞとか言いたくなるよ。」
「確かにそういうところもあるけど、男性からみればそういう我侭もかわいさのうち
なんじゃない?なにより弓神さんは私の良きパートナーなんだから、白の魔導師さんが
ぶちきれて、あまりひどい事言ったら、私が許さないからね」

そんな些細な問題を抱えながらも、それぞれの個性を理解し連携することにより、
パーティ自体は回を重ねるごとにスキルを向上させ、一般的には彼らの戦闘力や
防御力では難しいとされる狩場でも行けるだけのパーティとなっていった。

難度の高い狩場で、出現するモンスターの強さや数に合わせての連係プレイ。
ターゲットを騎士に集中させるか、エルフにも分散させ引くべきか、あるいは
いったん引いて地形を利用して有利に狩を展開すべきか、ウィザードとエルフの
魔力により場を整えこのまま戦うか等、よほどのことが無い限り無言のうちに
瞬時に判断し、守破離の呼吸がパーティがひとつの意識を持ったかのように動い
てゆく。

そんな彼らの動きは、城主クランやその敵対勢力などの目にも止まり、いつしか、
彼らのパーティは、3人の名前から一文字づつ取って「白魔神」と呼ばれ、アデンに
その名は広まっていった。
しかし、3人は決してフィールドでのPK戦を行うことは無く、むしろ他のクランと
揉める様な事は極力避けていたし、しばしば起る、狩場での不可抗力による勢力クラン
との揉め事等も、白の魔導師が持ち前の外交センスで丁寧に交渉に当たり事を収め、
いわゆる一般狩りクランとしての活動を続けていた。

「白魔神」に勝利しアデンに名声を広げようとするものたちは、模擬戦での
実力勝負を挑んできた。
模擬戦では、著名な勢力クランと剣を交えることもあったが、敵の主力クラスの
5人パーティとの戦いでも白魔神の3人パーティは決して引けをとることは無かった。
特に弓神のPK戦での立ち回りは地属性エルフとして超一流であり、
「あいつのいるパーティには勝てる気がしない」とまで言わしめた。

タイミングの良いバインドで確実に相手チームの主力を無力化し、遠距離攻撃により
後衛陣へのダメージを適確に与えて、敵前衛への援護を手薄にし、あるいは状況を
見ながら白の魔導師を保護するなど、一人で何人分もの働きをするのだった。
それは決して戦闘のテクニックに支えられているものではなく、弓神の
「決して怯まない!」という精神力の強さと、死を恐れていないかのような
捨て身の戦法によるものだった。


(蕭牆之憂)

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幾多の狩場での困難を助け合い乗り越え、あるいは仲間を死なせてしまう中で、3人がお互いに相手を思いやる事も多くなり、その中には相手を異性として意識する事から芽生える感情も含まれてくるのは自然の成り行きだった。


白の魔導師は、狩りを重ねるごとに、狩場でのちょっとした行動や言葉の中に、弓神
よりもむしろ魔騎士の自分に寄せる思いを感じながら、自分でも魔騎士に引かれる思い
を意識することが増えていた。

いつものように3人での狩りを終え、白の魔導師は単騎で狩りに出ていき、アジトには魔騎士と
弓神の2人が残った。
前はギランの廃屋をアジト代わりに使っていたが、今ではアデン首都の町外れに小さいながらも
念願のアジトを構えるまでになっていた。


「魔騎士さん、話があるんだけど・・・」
「え?なに?」
「私さぁ、白の魔導師さんともう少し個人的な事とか話をしたいんだけどな。
どう思う?」
「それって、最初に約束した禁止事項に関わるような事って言う意味でなの?」
「うん、はっきり言えばそういう意味もあるかな。」

魔騎士は内心戸惑っていた。弓神の気持ちは、それとなく解ってはいたものの、
自分自身白の魔導師に引かれる思いもあったからだった。
約束事項を破ってまでその思いを白の魔導師に伝える気持ちは無かったし、一方、
弓神の明るくやんちゃな性格を考えると、もし彼女が禁を破って白の魔導師と個人的な
付き合いを始めたとしても許してしまいそうな自分を自覚していたのだった。
しかし、目の前で弓神からそのことの相談を受けるとは想像もしていなかった。
どう対応すべきか苦慮していた。
「あ、困った顔してるぅ。確かに最初に約束したけどさ、そんなに拘る必要ないんじゃ
ないかって思うんだ。
もし私が白の魔導師さんと付き合ったとしても、もちろんゲーム内での話しだよ、
今までどおり3人でうまくやっていけると思うんだ。
だからさ、私今度白の魔導師さんに自分の気持ちを話してみるよ。
断られても今までどおりやっていく自信あるしさ、ね、いいでしょ?」
弓神は、魔騎士の胸の内をまったく理解せずに屈託無く話している。

「う~ん、そうだね、結果がどうであれ、弓神さんが今までどおり、最悪白の魔導師
さんがパーティを去ることになっても、昔のように2人でやっていけるっていうなら
反対はしないよ・・・」
つい、魔騎士は答えてしまっていた。
「有難う。魔騎士さんなら分かってくれると思ったんだ。私時間があまりないから・・」
「え?」
「じゃ、今日は落ちるね。解ってくれてありがと!」
弓神はさっと姿を消してしまった。

「時間が無いとか言ってたようだけど、アデンから去ることでも考えてるのかな・・・
彼女のことだからその前にリアル彼氏でもGETしようとでも考えているのかも・・・」


(禍従口生)


それから数日後、弓神はまだ自分の気持ちを白の魔導師に打ち明ける機会も無く、
ちょうど白の魔導師がドラゴンバレーで救われた日から1年目を迎えていた。

3人はいつものようにアジトに集まっていた。

「今日はさ、へなちょこWIZさん救出からちょうど1年だし、たまにはのんびり
ドラゴンバレーでも散歩にいこうよ」
と弓神が誘った。
「そうね、最近ハードな狩場ばかりいってるし、昔を懐かしんでドラゴンバレーも
いいかもね」
「よし、じゃ、ドラゴンバレーツアー開催だ。1年前はドレイクには手も足も出なかったけど、
今の俺なら単騎でも倒せそうな気がする。もしドレイクが出たら、2人は手出し無用!
俺が倒してやるぜ。」
「そんなこといって、ドレイクのブレス浴びたとたんhhhhhhとかやるんじゃないの?
今日はヒール飛ばしてあげないからね!」
「お前こそ、ブラックエルダーのトルネードに巻き込まれて悲鳴上げるんじゃない
のか?トルネードに弓を巻き上げられないようにしっかり握っとけ!!」
「ほらほら、二人とも。私はブレイブポーションもあるし、あなたたちの狩の準備が
できたらでかけましょう」
「じゃ、私矢をとってくるから少し待ってて。矢切れの私なんちゃって!
そろったら一緒に飛びましょう」
「了解、俺も準備はOKだ。待ってるからさっさと準備して戻ってこいよ」
弓神は装備を整えるため倉庫へと飛んでいった。


普段は明るく大きな声を張り上げる白の魔導師が、うつむき加減にぼそっとつぶ
やいた。
「魔騎士さん、ちょっと話があるんだけど・・・」
魔騎士は、つい最近の同じフレーズで始まった弓神との会話をふと思い出していた。
そして同時に、次に白の魔導師の口から出てくるであろう言葉も想像することが
できたのだった。
「ちょっと待って・・・」
「いや、ちょうど出会って一年の今日言えなければ、一生言えないような気がして。
聞いてくれ」
魔騎士は、前回弓神から白の魔導師への気持ちを聞いたとき、自分の気持ちを抑えて
弓神の申し出を受諾した。
魔騎士の白の魔導師への思いは真剣なものではあったが、まだ胸に秘めた思いだった。
自分の思いを通すよりも、目の前の弓神との確実な友情を守ることを考えての事だった。
しかし、今、直接白の魔導師の口から自分への思いを聞いたとき、自分の
白の魔導師への思いを抑える事ができるのか、魔騎士には自信が無かった。
白の魔導師から自分への思いを聞けるという期待と、聞いてしまったら弓神との
友情が失われてしまうのではないかという恐れに魔騎士の思いは揺れていた。

「魔騎士さん、俺たちの最初の約束を破ることになるってずいぶん悩んだけど、
俺の気持ちを聞いて欲しいんだ。もっと個人的なことも含めて魔騎士さんの事が
知りたと思っているし、俺も自分のことをいろいろ魔騎士さんに知って欲しいと
思ってる。そして・・」

「それ以上言わないで!待ってって言ってるのに・・・私も思いは同じ、
白の魔導師さんのことは誰以上に思っている・・・でも弓神さんが」

「ただいまっ!準備OK!!さ、いこういこう!」
突然アジトのドアが開いて弓神が入ってきた。

魔騎士は、今の会話が弓神の耳に入ってしまったのではないかと焦った。
弓神の申し出を許しながら陰では白の魔導師に自分の気持ちを打ち明けてしまった。
そんな自分に激しく自己嫌悪に陥りながら、せめて弓神の耳に今の会話が届いて
いないことを祈っていた。

「お・・・今日は準備がやけに早いな・・・じゃいこうか」
白の魔導師は3人に手早くアドバンスドスピリッツの魔法を詠唱し、平静を装って
言った。

「Let's GoGo!!」
いつも通りの屈託の無い弓神を見て、魔騎士は胸を撫で下ろした。

dv_elf.gif しかし、ドラゴンバレーについてみると、いつもの弓神とは明らかに様子が違っていた。
 パーティを組んでいることすら無視するように、勝手に動き回り、自分の手に負えない数のモンスターにFAを入れまくり、回復POTをがぶ飲みしながら奥へ奥へと突き進んでゆく。

魔騎士は覚った。さっきの会話は弓神の耳にも入っていたんだと。
魔騎士は弓神に群がるモンスター達を処理しながら、弓神を裏切ってしまったこと
への後悔と、この事態ををどう収束させるべきかを思い悩んでいた。

その時、ドラゴンバレーの奥から悪魔の羽ばたきが。しかも手ごわい2ドレイク
だ。
「弓神!雑魚の処理はまかせた!」
叫ぶと魔騎士は2ドレイクに素早くエネルギーボルトを打ち込み向かっていった。
白の魔導師は、無謀にモンスターの群れに突っ込みPOTを光らせながら格闘する
弓神にイミュン・トゥ・ハームを送り、ヒールで援護しながら魔騎士を見やった。

普段なら白の魔導師の視界から外れるような位置取りで戦闘することなど決して無い
魔騎士と弓神だったが、このときは弓神が位置取りを無視してモンスターを追い掛け
回していた。
視界から外れてしまった弓神を気にしつつも、2ドレイクにスローの魔法を掛け、
魔騎士にイミュン・トゥ・ハームを送る。

「白の魔導師、私は大丈夫だ!弓神を見てやってくれ!」

白の魔導師は、視界から消えていった弓神とモンスターの群れを追ってドラゴンバレー
を走った。
やっと弓神の姿を認めたが、その時、信じられない光景が目に入った。
スケルトンファイター等の骨やスコーピオン、コカトリスなど多数のモンスターに
囲まれに、ドラゴンバレーの巨大竜の化石を背にして、POTを飲むわけでもなく
動きを止めて棒立ちする弓神の姿だった。
今の弓神の装備とスキルなら、十分殲滅可能なモンスターだったが、ただ立ち尽くす
弓神は、駆け寄り弓神にヒールしながら渾身のファイヤーストームを放った
白の魔導師の目の前でその生命力をすべて失い、地に横たわってしまった。

「弓神・・・おまえ・・・」

ドレイクを倒して駆け寄ってきた魔騎士も、横たわる弓神に気付き、

「白の魔導師!どうして弓神を救ってやれなかったんだ?!お前の力量なら十分に
援護できたはずじゃないか!こういう時のために3人でスキルをあげてきたんじゃないのか?!」

魔騎士は、白の魔導師とのことで結果的に弓神を裏切ってしまった自分への怒り
とともに、強い言葉をストレートに白の魔導師にぶつけてしまった。

「魔騎士さん、戦う意思のある奴ならいくらでも援護できるさ。でも、弓神は
ここで戦う意思を捨てて、モンスターに囲まれて棒立ちしていたんだ。まるで自殺
しようとしてるように見えた。いくら俺にスキルがあっても、戦う意思、
いや生きる意思さえ捨てて死のうと思っている奴を救うことはできんよ・・・・」

「え?自殺?あの弓神が・・・・」

地面に横たわる亡骸にリザレクションの魔法を唱えても、自ら復活しようという
意思を持たない弓神は決して起き上がることは無かった。
そして白の魔導師と魔騎士に見守られて弓神の亡骸はアデンの世界から消えていった。

二人は無言でアジトに引き返し、会話することなくその日は別れた。

(幽明異境)


翌日になっても弓神はアデンに姿を現すことは無かった。
魔騎士は心ならずも弓神を裏切るようなことをしてしまった事への後悔と
消えることの無い白の魔導師への想い、そして何の会話もすることなくアデン
から消えていった弓神への憤りとで、まともに狩ができる状態ではなかった。

白の魔導師もまた、自分のために魔騎士と弓神のパートナーシップに罅が入って
しまったことへの責任感、弓神の自分への思いに誠意を持って対応するこ
とができず、意図したわけではないがひどい仕打ちをしてしまったこと、同時に
魔騎士への思いに折り合いをつけられずに苦悩していた。

狩にも出ることなく、アジトに篭っていた白の魔導師と魔騎士は、
弓神は、その一本気な性格から短気を起こしてあんな行動をしてしまったけれど、
そのうちけろっとアデンに戻ってくるだろうから、そうしたら3人で意を尽くして
話し合ってみようと決めていた。

弓神はその後もアデンに戻ってくることは無く、姿を見せなくなって一週間が
過ぎた。
白の魔導師は魔騎士に呼び出されアジトに向かった。

アジトに入ってみると、普段の騎士然としたりりしい姿は無く、
肩を落とし悲痛な表情に顔をゆがめる魔騎士の姿があった。

「おい、どうした?何かあったのか?」

「私・・・私どうしよう・・・」
そうつぶやくと魔騎士は、流れ落ちる大粒の涙をぬぐうこともせず、アジトの
床に泣き伏してしまった。

「魔騎士さんらしくないなぁ、泣いてるだけじゃわからないだろ・・・狩場で
何か揉め事でもあったのか?」

「弓神さん、もうアデンに戻ってこれなくなった・・・
弓神さん、もう本当にいなくなっちゃったんだ。リアルで死んじゃった・・・
どうしていいかわからないよ・・・
もうさ、元気に弓を射る弓神の姿をこのアデンで見ることができなくなったん
だよ・・・この前まで元気でアデンを駆け回っていたのに。
私どうしたらいいの・・・最後にあんなひどいことしたまま一生会えなくなる
なんて・・・私どうしたらいいの・・・」

アジトの床に泣き伏す魔騎士を見て白の魔導師も言葉を失い立ちつくすばかり
だった。

「そんな・・・信じられないよ。不慮の事故にでも巻き込まれんだろうか・・・」

少し落ち着きを取り戻した魔騎士の口からたどたどしく経緯が話された。

もともとリアルのことはお互いあまり詮索しあわない約束だったが、
携帯のメールアドレスは交換していた。
今回のことがあり、弓神がアデンに姿を見せなくって4日目に
「弓神さん、この前は裏切るような事をしてごめんなさい。
パーティを解散するって言われても私には文句言えないと思ってる。
でも、もう一度話し合いたい、話をさせてください」
とメールを送っていた。
すぐに返信も返ってくることはなく、やっと昨日、このメールに返信があった。

「突然のメールで失礼いたします。由美香の母親です。
由美香は、昨日病気のため永眠致しました。
長年病気療養を続けていたため、携帯やインターネット上だけのお知り合いの
方も多くいらっしゃり、どのようなお知り合いなのかわからないまま、
最近メールを頂いた方にお知らせをしています。
もし不要なメールでしたらお手数ですがこのまま破棄して頂きますよう
お願い申し上げます。
ご返信いただきましたら、告別式の日取りなど、改めましてご連絡いた
します。
由美香の生前の皆様のご厚情に心より感謝申し上げます。」

魔騎士は、信じられない思いでこのメールを読んだ。
病気?長期療養?・・・アデンの地でトップクラスのエルフとして
明るく飛び回っていた弓神さんが?
信じられない気持ちと同時に、急に狩をやめると言い出したり、狩場で
動きが止まったり、あのような行動も実は病気で無理をしていたのかと
思い当たり、それを身勝手な行動と決め付けてしなっていた事に
胸を痛めた。

魔騎士は、何かの間違いであることを祈りながら、弓神(由美香)の母親
に連絡を取ってみたのだった。

由美香は不治の病に犯され、治療のあても無く自宅療養をしており
次の発作が来たら命の保障はできないと医者に宣告されていたことや
気分のいい時はネットを楽しんでいたこと、最後の発作が起きたのは
一週間前で、そのときもネットゲームの最中だった。
そして、病院に運ばれ一時は意識も回復したが治療の甲斐も無く永眠
したことを聞いたという。

「弓神さん、病気だなんて一言も言ってなかった。我侭で身勝手な人だって
勝手に決めつけたりして、私、なんてひどいことしてきたんだろう。」

「そんなに自分を責めるなよ、弓神さんだってネット上では健康な人と
対等に付き合いたかったんだよ。その結果、病気を知らないひとが
誤解したとしても、責められることなんてないだろ。」

「わかったような口を利かないでよ!他の人がどう思うかなんて関係
ないんだから。私は思慮が浅くて、他人の表面だけみて他人を判断して、
しかも最後には裏切るようなことまでした自分が許せない。しかも
もう二度と誤解や裏切りを許してもらえる機会が無いんだよ・・・
彼女の短い生涯の中で楽しみにしていたネットゲームも、私のせいで
台無しにしてしまった・・・・

明日、告別式って聞いた。電車を乗り継いで何とかいける場所なので、
しっかり最後のお別れができる自信もないけど、行って来ることにする。」

魔騎士は告別式の場所と時間を告げ、去っていった。

その場所は、白の魔導師の住む町からも十分いける場所だった。


白の魔導師は、弓神の告別式に出かけることにした。
魔騎士も来ているだろうけど、今はそんなことより弓神の最後の発作の
直前に彼女を不快にさせてしまったことの謝罪や、パーティを組んで
充実した時間をすごすことができたことへの感謝の気持ちを最後の別れ
として伝えたかった。

灼熱のドラゴンバレーで命を救われた弓神・魔騎士との出会い、そして
一年。
やはり暑い吸い込まれるような夏空の元、弓神の告別式に参列することに
なろうとは想像もできなかった。

高校時代に発病、その後自宅療養のまま成人を向かえ数年たった弓神の
告別式は、参列者もさほど多くは無かったものの同年代の同性
異性が三々五々参集し焼香をしていた。
母親の姿も見えたが、長い闘病生活に、既にこの日の来る覚悟ができて
いたせいか、哀しみの表情ではあったが取り乱すことも無く参列客に
礼を尽くしていた。

遺影の弓神は、ずいぶん前に撮影されたもののようだった。
そして健康そうな愛くるしい笑顔を振りまいていた。
それはネットゲームでクラスを選ぶとしたらやはりエルフが似合っていた。
もちろん女性のエルフだ。女エルフで素顔の弓神のまま思う存分ゲーム
させてやりたかったなと思えるような遺影だった。
ガニマタの男エルフでけなげに男言葉で話している弓神の姿を思い出し、
さらにPCの前で操っている由美香を想像したとたん、自分の思いやりの
足りなさや、弓神の気持ちを察してやれなかったことへの悔しさ、弓神を
本当に失ってしまったんだという実感が白の魔導師胸にあふれた。

心に決めてきたお別れの言葉を胸のうちで弓神に話しかけ、焼香を済ませた。
帰り際に、それとなく周りを見回したが魔騎士と確認できるような人物は
見当たらなかった。

ふと葬儀場を出る間際に後ろ髪を引かれるように振り返って見ると、
弓神の母親と涙を押えながら話し込んでいる女性の姿が目に入った。
一瞬、視線を交わした時、ゲーム上で無言のうちに連携が取れる同じ感覚が
よみがえり
(私、これからどうしたらいいの・・・あなたの援護が今こそ必要なの・・・)
という声が聞こえたように感じた。
油蝉の鳴き声の聞き間違いだったのだろうか。

(愛別離苦)

告別式の翌日、アデンの世界に降り立った白の魔導師はアジトに立寄って
みた。そこには装備を外し、無防備な姿で魔騎士がたたずんでいた。

白の魔導師は、告別式で振り返った時に視線を交わした女性が魔騎士だと
確信していたし、弓神の母親と話をしているときにふと感じた視線の先で
振り返ったのが白の魔導師だと、魔騎士も確信していた。

しかしそのことにはあえてふれずに、白の魔導師はたずねた。

「昨日は告別式に顔をだした?俺は顔を出して弓神さんにお別れしてきた
よ」
「私も行って見た。お母さんとすこし話が出来たんだけど、最後に弓神さんを
裏切ってしまったっていう思いもあって、ゲームでの知り合いだって最後まで
いえなかった。」

魔騎士は母親から聞いた話を白の魔導師に伝えた。

亡くなったときの経緯は以前電話で聞いたことの繰り返しであった。
高校時代からずっと病気療養を続けた弓神は、もともと明るく独立心の
強い性格だったせいもあり、不治の病で先行き短いということで家族も
含めて周りの人たちが必要以上に気を使ってくれることを、不満に思っていた。
でも、ネット上では健康な人間を装って、対等に付き合うことが出来るから
そのことをとても嬉しがっていた。
特に戦いのゲームでは、健康な人たちを相手に負けないんだからねと自慢げに
話していたという。
亡くなる6ヶ月ぐらい前からは、本来病気にはあまり動きの激しい
ネットゲームは良くないと医者に言われたにも拘らず、医者も物理的な疲労
があっても、ネットゲームに掛ける気力のほうが本人にとっていいかも
しれないと言い出すほど楽しんでいたこと等を聞いてきたという。

「弓神さんが人生の残り少ない時間を私たちと共有して心から楽しんでくれて
いたって事をお母さんから聞いたときは、すこし救われる思いがしたんだ。
亡くなる前6ヶ月ってさ、白の魔導師さんと出会って、3人の息が合って、そんな中で
弓神さんが白の魔導師さんに惹かれて行った時期だよね。
だけど、だからこそ最後の最後に弓神さんの気持ちを踏みにじるような事をしてし
まった私の浅はかさは、一生消えることの無い悔いを私の中に残してしまった。」

「俺も思いは同じだよ。もう少し弓神さんの気持ちをわかってあげて接して
あげられていればって・・・・」


2人は、弓神の抜けた穴を補いながら前のようにアデンの地で強力なモンスター
と戦う日々に戻っていった。
戦力的には、戦闘方法の工夫などで弓神の抜けた穴を何とか補うことは
できたが、2人の心の中では、弓神の抜けたおちた空白や悔恨の念が大きな影を
落としていた。
そして時間の経過こそが2人の心の中の弓神の影を薄めてくれるものだと信じていた。
しかし、それは2人とっては無理だった。魔騎士は、白の魔導師の中に弓神の影を常に
意識し、白の魔導師は魔騎士とともに弓神の幻影を見る毎日が続いた。
そしてお互いに、相手が自分を見るときに弓神への悔悟の情を同時に見ていることに
気付いていた。

1ヶ月ほど過ぎたある日、魔騎士はそんな状況に耐え切れずに白の魔導師に当たってしまった。

「ちょっと、私は弓神さんとのことはなるべく忘れて白の魔導師さんとの時間を大切に
しようとしてるんだよ!
なのに白の魔導師さんは何時までも弓神のことを引きずってる。私と話しながら
弓神さんのことに思いをめぐらしてる。わかってるんだからね!」

「まってくれよ、それはこっちが言いたい科白だよ。狩りの最中だって、俺と話して
いる時だってうじうじと弓神さんの幻影に、そして自分の罪悪感におびえてるじゃ
ないか。
いい加減にしてくれ!目をさまして真剣に俺のほうを見てくれよ。」

「こんなんじゃ、私たちもう駄目ね。お互いを思う気持ち以上に弓神さんへの思いが
強いし、二人が会えば遭うほど、その思いは増幅してゆく。
白の魔導師さんを真剣に見れば見るほど、思えば思うほど弓神さんの影が大きく
なってゆくんだもん。
そんなに長い間でもなかったけど、楽しかった。でもこれからは、これ以上は
もうやっていけない・・・さようなら」
「待てよ・・・」
魔騎士は、涙を浮かべた両目を大きく見開き、白の魔導師の姿を焼き付けるように
見つめたまま突然アデンの世界から消えていった。
そして2度とアデンの世界で魔騎士の姿をみることはなかった。

(流浪落魄)

白の魔導師は、魔騎士との別れを振り返り、もう二度とこのアデンに魔騎士が戻って
こないだろうと悟っていた。
弓神に続いてこのアデンで魔騎士を失い、一人残された白の魔導師は次第に生活が
荒んでいった。
クランマークも付けずにアデンを放浪する日々が続いた。
そんな白の魔導師を見て、かつて白魔神と恐れられたパーティの知略の要であることを
しり冗談半分に誘いを掛けてきた泡沫迷惑クランに在籍してみたりもした。
多くの他のプレイヤーが狩りをする狩場で、範囲魔法によりモンスターを集め、
倒すでもなく延々と引きまわしてみたりする中で、嘗ての名声は地に落ち果てていた。

そんなある日、狩りをするでもなく砂漠をふらふらとさ迷っている白の魔導師の横を、
地下のジャイアントアントクィーンの討伐に向かう一行が通り過ぎていった。
その一行は、皆城主連合の旗をつけており、浮浪者のような姿の白の魔導師を見て、
「あいつも昔はなぁ・・・・」
「あいつの話し相手は、ラバンしかいないらしいぜ」
「噂では女に振られたとか、自殺させたとか聞いたがな。」
と口々に罵って通り過ぎて行くのだった。

そのとき、一行の先頭をいくナイトが右手を上げ、隊列を止めた。
城主連合を束ねる隊長の 水神切兼光 だった。

そして、白の魔導師のそばに寄って来ると、声をかけた。
「やぁ、白の魔導師。久しぶりじゃないか。」
「・・・・」
「お前はかつて、どの勢力にも属しない狩りクランの道を選んだから、それ以来
声を掛けることは遠慮していたんだが・・・白魔神として活躍していたころの
お前なら声を掛ける必要もなかったが、今のお前を黙って見ているわけにも行かん
と思ってな。どこに行っても悪い噂ばかり耳に入ってくるぜ。」

「もう勢力とか狩りクランとかそんなもんは今の俺には関係ねぇよ、いいから放って
おいてくれないか」
「白魔神チームとしてこのアデンで一世を風靡したお前が、何故こんな姿に落ちぶれて
しまったのか、その訳は聞かん。だが、昔のよしみで俺に力を貸しては呉れないか?」
「力を貸す?体のいい誘いで同情してんじゃねぇよ。大きなお世話だ!」

「隊長!こんなとこでそんな奴の相手してたら、反城主連合のやつらにBOSS喰われて
しまうぜ。本人もそう言ってるんだから、ほっといて早いとこ蟻穴もぐろうぜ!」

「うるせぇ黙ってろ!行きたきい奴は勝手に行ってろ!だがな、一言だけ言っとく。
今の俺があるのは白の魔導師のお陰だし、ひいては俺が立ち上げた城主連合の今がある
のも白の魔導師がいたからこそだと俺は思ってる。
選んだ道がたまたま分かれてしまったから、あえて口には出さなかったが、
俺は今でもアデン中で一番白の魔導師を尊敬し共に戦いたい仲間だと思ってるんだ。

よし、今日はここで分かれよう、俺はもう少し白の魔導師と話をする。
お前らBOSS討伐に向かってくれ。反城主連合の奴らに負けるんじゃねぇぞ!」

「野党反城主の連中をやっつけるのに、隊長の力は借りねぇよ、俺らで十分だ。
よし、じゃ、いこうぜ!」

「奴らを納得させるため、ちょっと大げさに見得を切ってしまったが、白の魔導師よ、
今のは俺の本心だぜ。
アデンに降り立って間もない俺が、無差別PKや赤トラに引っかかって全装備
落としたり詐欺にやられたりと、もうこの世界から立ち去ろうと途方に呉れて
いたとき、俺を勇気付けて助けてくれたのは白の魔導師、お前だった。
それからしばらく行動を共にし、モンスターに襲われて揃って横たわり、
二人で夜空を見上げて何故か大笑いしたり、取れもしないくせに遮二無二、
今日は二人で城を落とそうぜと突っ込んで瞬殺されたり、あのときを乗り越え
られたから今の俺があるんだ、心から感謝してるぜ。」
「水神切兼光・・・・」
「力を貸して欲しいというのは同情でもなんでもなく、俺の切実な願いなんだ。
城主連合の参謀兼外交の窓口だった看板WIZが近々アデンを去ることになった。
お前も知ってるとは思うが、ドラゴンバレーも反城主連合の勢力下に置かれ、
兵力も徐々に拮抗してきている。そんな中で、参謀・外交役を失ったら、
城主連合の凋落は火を見るより明らかだ。
今の連合には、後釜を勤められる適役がいないんだ。
俺が戦略を練ったって、突っ込む以外に思いつかんし、外交やったらその場で
切りあいが始まるだろ?そう思わんか?」
「うむ、確かに・・・そうか、ドラゴンバレーも反城主連合の勢力下に入って
しまったか・・・」
白魔導師は、弓神や魔騎士との思い出の地ドラゴンバレーが、各地で狼藉を
働く反城主連合の手に落ちてしまったことは許せなかった。
彼の闘争心に僅かではあるが、再び灯がともった。
「実は俺も目的も無く放浪を続けるのも少しばかり苦痛になってきたところだ。
大分実戦からも離れて勘も鈍ってはいるが、昔のように2人で無茶をやって
みるのもいいかも知れないな」
「いやいや、連合を束ねるとなると無茶ばかりではやってられん、お前の冷静な状況
判断と分析、外交手腕で俺の暴走を止めてくれればいいんだ。頼む。」
「よし、解った。水神切兼光隊長殿やってみるよ。」

こうして白の魔導師は城主連合に加わり、知力・魔力の高さにくわえて、持ち前の
気さくさ気配りで、連合内でも参謀外交の要としての地位を認められるように成る
まで、そう時間は掛からなかった。

同盟クランとの調整や戦争物資の調達、給金の分配から狩場での敵対勢力との戦い、
情報収集、さらには連合内のウィザードへの立ち回り方法や戦況分析方法などの
実戦訓練までとめまぐるしい日々を送る白の魔導師の意識の中から、弓神の幻想は
次第に影を薄めていった。
一方、命がけの実戦をくぐり抜けるたびに、ひょっとしたらこのアデンのどこかで
同じ空を見ているかも知れない魔騎士がこの場にいてくれたらという思いはつのって
いった。
そして死線を切り抜け、城に帰り一人でいるとき、ふと魔騎士との心休まるひと時を
求めている自分に気付くこともしばしばであった。

時折、城主連合内の情報ルートや親派狩クランなどから魔騎士に関する情報を集めてみた
がやはり魔騎士がアデンに居るという形跡は得られなかった。

(合浦珠還)

またドラゴンバレーに暑い夏が巡ってきた。
魔騎士・弓神との出会いから2年、弓神、魔騎士が相次いでこのアデンを去って
調度1年が過ぎていた。

「水神切兼光、今日は一人でドラゴンバレーまで行って見たいんだが、わがままを
許してくれるか?」
「おいおい、白の魔導師、いくら歴戦の魔術師とはいえ、反城主連合の勢力下の
ドラゴンバレーに単身で出向くなんて、自殺しに行くようなもんだぜ。ましてや
看板WIZ様とあっては、敵さん全勢力を結集して命を取りにくるだろうさ。」
「それは承知の上だ。なにも狩りにいくわけじゃない。野暮用をさっさと済ませて
帰ってくる予定だ。敵さんがお出まししたら、ケツまくって逃げ帰ってくるよ。
まぁ、あとで、城主連合の看板WIZは腰抜けかって煽られるかもしれんが、それは
見逃してくれ。」
「そこまで言うならよほどの用事なんだろうな。わかったよ、気をつけて行ってきて
くれ。
後で多少煽られるぐらいは構わんから、命大事に作戦でな。」

白の魔導師は、念のため大目の戦闘物資を持ち、胸にそっと菊の花束を忍ばせて
単身ドラゴンバレーを目指した。
幸い敵影も無く、斥候らしき姿も認めることはなくドラゴンバレーを進むことが
出来た。
2年前のあの夏のように、日差しは強く遠くでオーガの雄たけびだけがひびく平和な
ドラゴンバレーだった。
やがて、1年前に弓神が横たわり、アデンから消えていったあの場所に近づいた。
そこにはいつもと変わらず、巨大龍の骨の化石が横たわっていた。





その時、白の魔導師は、魔騎士の影を一瞬見た気がした。

「え?今のは魔騎士?!今日この場で魔騎士の影を見るなんて、偶然ではありえない。
やはりこのアデンにまだいたんだ?!」

白の魔導師はホーリーウォークの魔法を詠唱し、視線をよぎり岩陰に消えていった
魔騎士の影を追いかけた。





hana.gif

 途中、弓神が命を落としたその場所で菊の花束を供えようとすると、すでにそこには一束の花束がたむけられていた。
 やはり魔騎士か?このアデンで、この場で一年前の今日、弓神が命を落とした事を知っているのは俺と魔騎士以外にはいないはずだ。
 花束を手向け、手短に黙祷をささげ、魔騎士の影が消え去ったと思われる方向に
足を向けた。

そして、力の限り
「魔騎士~!いるのか?いるのならでてきてくれ!俺の前に姿を現してくれ!」
と叫んでいた。
白の魔導師の叫びはドラゴンバレーの岩山にこだまし、モンスター達の遠吠えも一瞬
鳴りをひそめ、あたりは静寂に包まれた。
その瞬間、白の魔導師のとぎ澄まされた感覚は、岩山の影から強いそして多数の殺気を
察知した。
「まずい、敵の部隊が待ち伏せをしていたか!まさか、魔騎士が俺を罠にかけたの
かっ?!」
疑心暗鬼に捕らわれたそのとき、
「白の魔導師さん、危ない!こっちにこないでっ」
それは一年ぶりに聞く懐かしい魔騎士の声だった。
しかも男を演じることさえ忘れた魔騎士本来の言葉だった。

白の魔導師は立ち止まり、岩陰から敵の部隊が現れるのを待ち構えた。
そして全容を現した反城主連合の部隊の中に、同じ反城主連合の旗を掲げた魔騎士が
腕を押さえられ立ち尽くしているのが見えた。

「魔騎士・・・なぜに反城主連合に・・・」

「さすが城主連合の看板WIZ、白の魔導師様だな。
これだけの数の敵兵を前にして、ひるむ様子も見えないな。同じウィザードとして
その根性だけは見習いたいものだ。はっはっは」
反城主連合の看板WIZだった。

この部隊は、看板WIZが統率しているらしく、敵の兵士は看板WIZの攻撃の合図をいまや
遅しと待ち構えている。
中には城主連合の参謀を目の前にして攻撃の合図を待ち切れずに、矢を射ってくる敵兵
もいた。
白の魔導師は、うるさそうに時折飛んでくる矢をスタッフでたたき落としながら、
来るべき総攻撃に備えて、アブソルートバリア、イミュン・トゥ・ハーム、
インビジビリティなどの高レベル防御魔法の詠唱の準備をした。
たとえこの命は落としても、せめて敵の看板WIZと相打ちすべく、
ディスインテグレートの詠唱準備も行っていた。
同時に敵の前衛たちがブレイブポーションをがぶ飲みする音がドラゴンバレーに響き
わたった。

「のこのこと死んでしまった奴の感傷に浸ろうなんて甘いことを考えて出てくるから
こんなことに成るんだよ。しかも、女の名前を大声で叫び自らの居場所を我々に
知らせてくれるとは、城主連合看板WIZが聞いてあきれるぜ。」
反城主連合の看板WIZは、容易周到にカウンターマジックの魔法を詠唱しながら
白の魔導師を煽ってきた。

「・・・・・」
白の魔導師は弓神のことを揶揄され、さらに女の身であることを隠して
までこのアデンでお互いに修練してきた魔騎士の気持ちを踏みにじるような言葉に
怒りで身も振るえる思いだった。
「さて白の魔導師様よ、最後にこの女に言い残すことでもあれば聞いてやろうか。
ただしぼやぼやしてると血気盛んな兵隊達が我慢しきれずに切りかかるぜ。
残念ながら我が兵士たちは、城主連合様とちがって行儀も悪く、上官の待機命令も
無視することが多いんでな。
まぁ、お前がいなくなったら、この女には反城主連合内で飯炊きでもやらせるか」

さすがに冷静な白の魔導師も我慢の限界を超えた。

「くそっ、これでもくらえっ!」
白の魔導師が我が命を投げ出して、反城主連合の看板WIZにディスインテグレートを
見舞おうとしたその時、後ろから

「白の魔導師、まて!早まるな!!」

という声と共に水神切兼光が率いる城主連合の主力部隊が駆け寄ってきた。
白の魔導師の声につられて飛び出してきた敵兵は、城主連合側のすばやい制止行動に
動きを止められ、両軍は無言で向き合う形になった。

「おやおや、城主連合の隊長様のお出ましかい。」

「野暮用でドラゴンバレーまで行ってくるといって出て行った白の魔導師の帰りが
遅いんでな。ちょいと様子を見に来たまでだ。」

「兵力はほぼ互角、但しここドラゴンバレーは我が反城主連合の庭だ。
地の利はこちらにある。やるならいつでもやるぜ、掛かってこいや」

「そうまでいうなら剣を交えんでもないが、そこに居るのはひところ白の魔導師と
パーティを組んでいた魔騎士ではないのか?
魔騎士が反城主連合におるのでは、白の魔導師もやりにくかろう」

「この女か?これでも旧知の仲でな。まだ俺が反城主連合に属する前にフィールドで
知り合い、一時期互いに修練した仲なんだ。当時は女の姿をしていたが、どうも俺の
手の早さが気に入らないらしく、ふらっと居なくなってしまったんだ。
その後男と偽り、このアデンで白魔神チームとかを気取ってよろしくやっていた
ようだが、また姿を消した。
昨日の事だが、ドラゴンバレーをうろつく白魔神の残党の魔騎士を我が兵士が見つけ、
脅しつけて連合に連れ帰って来た。
ドラゴンバレーを無事に歩きたければ、我が連合に加入する他無いと恫喝したところ
嘗ての白魔神の看板ナイトには考えられないことだが、あっさり反城主連合に組した
というわけだ。
アデントップクラスのナイト様だった事に敬意を表して、軽く挨拶に行ったら
俺の顔を見て急に様子が変わってな。
吐かせてみたら、昔パーティを組んで俺の前から姿を消した女だということが
わかったんだ。
しかしすっかり腑抜けになって、もう騎士としては役に立たないだろうな。

今日は頑なに一人でドラゴンバレーにいくと言い張るので、また逃げられたら
かなわんと思い後をつけてきたらこのざまだ。」

「そういうことか、白の魔導師も一時すっかり人が変わったような生活をしていた。
魔騎士も同じ道をたどったようだな。
しかもその二人が時を同じくしてドラゴンバレーを訪ねるという。
この二人には、なにかよほどの事情があるのだろう。
どうだ?白の魔導師。魔騎士と二人で話したいことでもあるのではないか?」

「水神切兼光・・・確かに許されるなら話をさせてもらいたい。実はアデンの世界を
超えたリアル世界での事情も絡んでいる。しかし、今は互いに反する勢力の旗を
つけている。
俺にも城主連合の看板WIZとしての責任がある。反対勢力の旗をつけた者と話すなど
出来るわけが無い。」

「ではこのまま、奴らと切りあうか?魔騎士とて反対勢力の旗をつけている以上
手加減はせずに、あの首をはねる事になるのだぞ?」

「なにをごちゃごちゃとやっているんだ?もうこれ以上兵を抑えておくことは出来ぬ。
掛かってこないならこちらから行くぞ、覚悟せい水神切兼光!」

「待て、待ってくれ。今日は剣を交えるつもりは無い。もしどうしてもというなら、
この水神切兼光がフィールドで3回この首を差し出そう。俺の首と引き換えに、
今日だけは白の魔導師、そして魔騎士に、城主連合・反城主連合の旗を外させて、
二人に話をさせてやってはくれないか。」

そういうと水神切兼光は剣を地面に置き、単身反城主連合軍の前に進み出て無防備に
その首を差し出した。
血気盛んな兵士がその首をはねようと剣を振り上げた。

「やめろ!!野党反城主連合といえど、無抵抗に差し出された首を3回はねるなど、
そこまで落ちぶれてはおらんわ!どうも気勢をそがれてしまった。今日は、こちらも
剣を収めよう。その代わりこれでも食らえ」

反城主連合のウィザードは、おもむろに水神切兼光に向かって小さな杖を振った。
ino.gif
水神切兼光の姿は、惨めな猪の姿に変わっていた。

反城主連合兵士は、指をさして大声で笑った。
「城主連合隊長様よ、ブーブー鳴いてみな!!」


城主連合兵士たちは、隊長に対するこの行為を黙って見過ごす訳には行かなかった
攻撃の合図もないまま、それぞれが反城主連合兵士に向かって突き進んだ。

ド-ンと白の魔導師のキャンセレーションの魔法の音が響き、水神切兼光の姿は
騎士の姿に戻った。
「やめろ!!剣を収めろ!!この俺が首を差し出してまで今日の斬り合いは止めよう
と思ったこの気持ちを、お前らはわからんのか!?」

「隊長・・・・」

「水神切兼光も、少しは大人になったようだな。以前のお前なら電光石火のごとく
ぶちきれて、いまごろここは城主連合の流した血で真っ赤に染まっていたこと
だろうさ。つまらん男になったものだ・・・
さて撤収するとしよう。その役立たずの女などもう用はない。呉れてやる。」

反城主連合より追放され無旗になった魔騎士を残し、反城主連合兵士達は哄笑を
残し引き上げて行った。

「水神切兼光、俺のために首を差し出すなんて・・・・」
「いや、昔散々世話に成った上に、今では参謀役として昔以上に苦労を掛けている。
俺の首で白の魔導師の恩に報いられるなら安いもんだ。さぁ、魔騎士が待っているぞ、
行ってやれ」


両軍が引き上げたドラゴンバレー巨大竜の化石の前、弓神の消えた場所で手を合わせ
改めて黙祷した白の魔導師と魔騎士はほぼ一年ぶりに相対した。
「久しぶり」
「えぇ、久しぶりね・・・」
二人の横顔を、ドラゴンバレーの夕日が優しく照らしていた。

(既往不咎)


城主連合として、既にアジトは手放していたが、昔を懐かしんでギラン町外れの
廃屋に場所を移した。
白の魔導師は、1年ぶりの魔騎士の姿を見て、そこには嘗てパーティを組みアデンの
BOSSモンスターたちに勇猛かかんに切りかかって行った精悍なりりしい騎士の
意思や闘争心が既に無いことを覚った。
弓神の命日に、花を手向けるためにアデンに降り立ったものの心はすでにアデンから
離れているのだろう。

「弓神が居なくなってもう一年か・・・」

白の魔導師は、この一年間を魔騎士に話して聞かせた。

一時は心がすさんで無法に身を任せたこと、アデンを放浪したこと、そして
かつて仲間だった水神切兼光と出会い拾われて城主連合に身をおくことになり、
今では参謀外交の要職を任せられている事。

「前はさ、いつも魔騎士と弓神と3人だったし、それが俺にとってアデンでの存在を
証明するすべてだった。そしてそれは楽しく充実した時間だった。
だけど今は城主連合の要職を任せられ、自クランはもちろん、連合クラン、そして無法
クランに苦しめられている一般狩クランに対しての責任と義務を果たしていかなければ
ならない立場になった。
俺が弓神への悔恨の念に捕らわれてグズグズしている間にも戦局は刻々と変化し、連合
の仲間たちが危機に瀕しているかもしれない。
そんな環境の中で自然、弓神の影は小さくなってきた。
でも、弓神のことは決して忘れないよ。忘れちゃいけないんだ。
魔騎士と言い争いになって、アデンを去って行った時は、俺自信、無理やり弓神の事を
心から追い出そうとしていた、忘れてしまおうとしていた。
それができない憤りを君にぶつけてしまった。
過去を忘れようとするんじゃなくて、背負った十字架はありのままに受け入れていく
しかないんじゃないかなって思えるようになった。

一年過ぎてやっと心の中で弓神さんのことと、今時分が置かれている立場や責任、
そういうことに折り合いがつけられそうな気がするんだ。」

「白の魔導師さん・・・私も同じ事を考えていた。弓神さんが居なくなったあとの
私たちって、心とは裏腹に無理やり弓神さんの話題を避け、表面上の関係を取り繕お
うとしていたよね。それはやっぱり無理だったんだよね。
この1年アデンから遠ざかり日々リアルの生活に忙殺される中で、最近やっと白の
魔導師さんと同じ様に考えるべきなんじゃないかって思い始めたところだったんだ。
白の魔導師さんと比べると、弓神さんとの付き合いも長かったし、友人としてしちゃ
いけないことをしてしまったっていう悔恨の思いも強いけど、それをしっかり受け止
めて生きていかなきゃいけないんじゃないかなって。
それで、1年ぶりにアデンに降り立って弓神が消えた場所に花を手向けて、
弓神さんとの事をしっかり胸に刻みなおそうかと思ったんだ。

でもさぁ白の魔導師さん・・・・弓神さんの影があなたの中で小さくなっていくと
同時に、私の影も小さくなってしまったかなぁ?」

「え?いきなり核心に切り込んでくるなぁ。さすがに白魔神の元看板ナイト様だ。
でもさぁ、勝手に目の前から姿を消して、一年ぶりの再会でいきなり切り掛かって
くるってのは騎士道精神に反するんじゃないかぃ?」

「もう、私真剣に聞いてるんだからねっ。」

「小さくなってはいない。むしろ思いは大きくなってるさ。だけど、弓神さんと
現実の職務との折り合いはつける自信はあるけど、君と弓神さんとの事に折り合い
がつけられるかどうか、また前のように別れることになってしまうんじゃないかな
ってまだ不安なんだ。もう少し時間をくれないか?」

「うん、私も今すぐ白の魔導師さんとうまくやってゆく自信はまだないの。でも、
その時期がきたら、もう一度白の魔導師さんとうまくやれないかチャレンジして
見たいなと思ってるんだ。

それまでは、クランの女の子に手を出したりしたら、本気で反城主クランに入って、
白の魔導師もろとも城主クランを叩きつぶすから覚悟して置いてね!!」

「敵にとって不足はない!!いつでも来いや~!」

白の魔導師と魔騎士は、ひさしぶりに白魔神としてアデンを闊歩していたころの
ように無邪気な笑顔で見つめあった。

「ところで、弓神さんの一周忌にはお墓参りに行く予定かい?」
「もちろん行こうと思ってる。そうだ!折角だから待ち合わせして一緒に行かない?」

2人は墓地のある駅前で待ち合わせ、墓参りに行くことを約束した。

(空谷跫音)

その日はやはり暑く蝉時雨につつまれた夏の日だった。
白の魔導師と魔騎士は、そろって弓神の墓前に立っていた。
花を供え、手を合わせて、3人で狩をした日々を思い出し、短い命を
閉じる直前にいやな思いをさせてしまったことを心から詫び、長い
黙祷をささげた。

二人が顔を上げると、後ろから
「暑いのに由美香の一周忌にお参り頂いて有難うございます。」
と弓神の母親が立っていた。

「あら、あなたは告別式の日にお話したお嬢さんですよね。?」

「そうです。告別式でお忙しいのに、声を掛けていろいろお聞きしたりして
ご迷惑じゃなかったかなって・・・私っていつも後から後悔してしまうん
です。あの節はすみませんでした。」

「いえいえ、迷惑だなんて。あの時はネットのお知り合いの方が結構
いらして頂いたんですが、ネットの世界では心の移ろいも早いので
しょうか、一周忌にお参りに来ていただける方が少なくて、由美香も
不憫だなぁって思っていたところに、ちょうどあなたたちがお参りに来て
くれたんですよ。今日は本当に有難うございます。」

「そういえば告別式ではつい自己紹介を忘れてしまって、失礼しました。
私たちは、由美香さんが亡くなる直前まで遊んでいたネットゲームの仲間
だったんです。最後の発作を起こされたときもネットの中で一緒に居たん
ですが、由美香さんが急に動かなくなってしまって・・・
病気だなんて知らなかったものですから、ひょっとして無理させてしまった
んでは無いかなって・・・」

「まぁ、そうだったんですか。あの子は亡くなる前は本当にネットゲーム
だけが楽しみだったようなんですよ。
そうですか・・・・あなた達のような素敵な方とゲームで楽しい時間を
過ごすことができて、あの子もいい思い出を抱いて天国にいけたと思います。」

由美香の母親は涙を浮かべながら深く2人に頭を下げるのだった。

2人は決して由美香の母親が思うようなゲームの終り方ではなかった事に
改めて胸を痛め、いたたまれない思いをしていた。

「そういえば、」と頭を上げた母親が言葉を続けた。
「お二人がゲームのお仲間だったってことは、騎士さんと、そちらに
いらっしゃのはもしかして白の魔術師さんっておっしゃる方では
ありませんか?」

「あ、はい・・・ゲームの中では白の魔導師という名前で、由美香さんと
仲間を組んでいました。」
「そうそう魔導師さんね。魔導師さんなら、由美香に渡してくれって頼まれて
居たものがあるんですよ。」

由美香の母親は、最後の発作の後、病院で僅かの間意識を取り戻した由美香
に頼まれて便箋と封筒を用意してやったことや、やっとの思いで書いた手紙は
封がされており
「私、もうゲームできないし、私が死んだ後にもしお母さんの前に現れたらで
いいからこれを渡してくれない。でも、もし1年たっても現れなかったら
焼き捨ててね。絶対お母さんも読んじゃだめだからね・・・」
といって渡された事を話した。
そして、告別式の時も気にはしていたものの、一人ひとり確かめるわけにも
いかず渡すことができなかったことを詫びた。

「あの時、私がお母さんに由美香さんとの関係をお話していたら、由美香さんの
願いももっと早くかなえられてました・・・こちらことすみませんでした」

3人は墓地からほど近い由美香の自宅まで歩いて向かい、そこで母親から
弓神が白の魔導師に宛てた手紙を受け取り、2人は丁寧に別れの挨拶をして
由美香の自宅を後にした。

「何が書かれているんだろう・・・内容はともかく、書かれていることは
しっかり受け止めなきゃいけないなぁ。魔騎士さん、もう一度由美香の墓
に戻って墓前で読もうかと思うんだけど」
「そうね、それがいいね。お墓にもどりましょ。私は手紙を覗いたりしないから
ゆっくり読んでね。」
と言いながらも、手紙の内容が気になるようだった。

由美香の墓前で、白の魔導師は「白の魔導師様」とだけ書かれた封筒を取り出し
封を開けた。
そうとう辛い状態で書かれたのが一目でわかるような、けれどしっかりした筆跡
で手紙は書かれていた。

私の恋した白の魔導師様へ


(ひょっとしたら、この手紙を開けるとき、そばに魔騎士さんがいるかもしれないね。そしたら、恥ずかしいけどいっしょに読んでいいからね。
一人で読んだのなら、あとで魔騎士さんにうまく伝えてください)

書きたいことや伝えたいことはいっぱいあるけど、もうあまり時間も体力もないから簡単に書きます。

最後の狩では、勝手に振舞ってごめんなさい。
しかも急に発作に襲われてあんな終わり方したので、白の魔導師さんや魔騎士さんに迷惑を掛けたかもって心配しています。

私が矢を取りに行った後、2人がアジトで話していたことは、耳に入っちゃいました。で、そのときはやっぱり魔騎士さんひど~いとか白の魔導師さんに振られちゃったとか頭にきちゃって、あんな行動をしてしまったんだ。ごめんなさい。

でも、白の魔導師さんや魔騎士さんを恨んだりって気持ちは全然ないからね。

高校に入ってからこんな生活を続けているので、まともに恋愛したこともなかったし、一度でいいからそんな気分になれたらいいなぁって思ってたんだ。でもそれまでのネットではなかなかいい人にめぐり合えなくて擬似恋愛どころか、いやな思いばかりしてた。
そんなときに白の魔導師さんと出会って、初めてこの人ならって思えたんだ。

もちろん現実の私はこんなだから、会うわけにもいかないし、ネット上だけって割り切ってはいたんだけど、それでも恋愛気分を楽しんでいたんだよ。

しかも最後はさ、強力なライバルに恋人(片思いなんだけどさ)奪われちゃうなんて落ちまでついて、やっぱ恋路は思い通りにいかないんだなぁなんて、人並みに恋の辛さまで経験することができてさ。

だから白の魔導師さんと魔騎士さんにはとっても感謝しています。
でも本当はもう少し白の魔導師さんに甘えて、困らせてやる時間が欲しかったな¥kv

短かったけれど私の人生の最後のときにこんなすばらしい仲間にめぐり逢わせてくれた神様に感謝しなきゃいけないね。

白の魔導師さん、魔騎士さん、本当に有難う。

じゃ、そろそろ時間だから私先におちるね、おつでした~

P.S.
ちょっと悔しいけど、2人で幸せになってね!!



いつしか由美香の墓石は夕日に照らされ、アデンの世界でも夏の日差しは
傾いて、夕闇せまるドラゴンバレーに狼の遠吠えが響いていた。

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このページは、Guckieが2000年1月 1日 00:00に書いたブログ記事です。

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